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他人の喧嘩を買う権利?

2014年7月1日。安倍政権は、集団的自衛権の解釈改憲を容認するとの閣議決定を行いました。
憲法とは真逆のことを、正規の手続き(憲法改正)を踏まえず、その時々の内閣が勝手に解釈してよいなんてことになったら・・・。それはもう、憲法がないのと一緒です。そのような国を、法治国家とは呼びません。

この閣議決定の前日(6月30日)。神戸市の街頭で、元自衛官の泥憲和さんの演説がネット上で話題になり、共感を呼んでいるそうです。どうかご一読ください。
今日は堂々と勇ましく、そして明日は墓の中(イギリスのことわざ)。
安倍首相や石破幹事長(自民党)たちの無邪気なまでの勇ましさには、本当に危ういものを感じます。

「街頭にて

突然飛び入りでマイクを貸してもらいました。
集団的自衛権に反対なので、その話をします。
私は元自衛官で、防空ミサイル部隊に所属していました。
日本に攻めて来る戦闘機を叩き落とすのが任務でした。

いま、尖閣の問題とか、北朝鮮のミサイル問題とか、不安じゃないですか。
でも、そういったものには、自衛隊がしっかりと対処します。
自衛官は命をかけて国民をしっかり守ります。
そこは、安心してください。

いま私が反対している集団的自衛権とは、そういうものではありません。
日本を守る話ではないんです。
売られた喧嘩に正当防衛で対抗するというものではないんです。
売られてもいない他人の喧嘩に、こっちから飛び込んでいこうというんです。

それが集団的自衛権なんです。
なんでそんなことに自衛隊が使われなければならないんですか。
縁もゆかりもない国に行って、恨みもない人たちを殺してこい、
安倍さんはこのように自衛官に言うわけです。
君たち自衛官も殺されて来いというのです。
冗談ではありません。
自分は戦争に行かないくせに、安倍さんになんでそんなこと言われなあかんのですか。
なんでそんな汚れ仕事を自衛隊が引き受けなければならないんですか。
自衛隊の仕事は日本を守ることですよ。
見も知らぬ国に行って殺し殺されるのが仕事なわけないじゃないですか。

みなさん、集団的自衛権は他人の喧嘩を買いに行くことです。
他人の喧嘩を買いに行ったら、逆恨みされますよね。
当然ですよ。
だから、アメリカと一緒に戦争した国は、かたっぱしからテロに遭ってるじゃないですか。
イギリスも、スペインも、ドイツも、フランスも、みんなテロ事件が起きて市民が何人も殺害されてるじゃないですか。


みなさん、軍隊はテロを防げないんです。
世界最強の米軍が、テロを防げないんですよ。
自衛隊が海外の戦争に参加して、日本がテロに狙われたらどうしますか。
みゆき通りで爆弾テロがおきたらどうします。
自衛隊はテロから市民を守れないんです。
テロの被害を受けて、その時になって、自衛隊が戦争に行ってるからだと逆恨みされたんではたまりませんよ。
だから私は集団的自衛権には絶対に反対なんです。

安部総理はね、外国で戦争が起きて、避難してくる日本人を乗せたアメリカ軍の船を自衛隊が守らなければならないのに、いまはそれができないからおかしいといいました。
みなさん、これ、まったくのデタラメですからね。
日本人を米軍が守って避難させるなんてことは、絶対にありません。
そのことは、アメリカ国防省のホームページにちゃんと書いてあります。
アメリカ市民でさえ、軍隊に余力があるときだけ救助すると書いてますよ。


ベトナム戦争の時、米軍は自分だけさっさと逃げ出しました。
米軍も、どこの国の軍隊も、いざとなったら友軍でさえ見捨てますよ。
自分の命の方が大事、当たり前じゃないですか。
そのとき、逃げられなかった外国の軍隊がありました。
どうしたと思いますか。
軍隊が、赤十字に守られて脱出したんです。
そういうものなんですよ、戦争というのは。

安倍さんは実際の戦争のことなんかまったくわかってません。
絵空事を唱えて、自衛官に戦争に行って来いというんです。
自衛隊はたまりませんよ、こんなの。

みなさん、自衛隊はね、強力な武器を持ってて、それを使う訓練を毎日やっています。
一発撃ったら人がこなごなになって吹き飛んでしまう、そういうものすごい武器を持った組織なんです。
だから、自衛隊は慎重に慎重を期して使って欲しいんです。
私は自衛隊で、「兵は凶器である」と習いました。
使い方を間違ったら、取り返しがつきません。
ろくすっぽ議論もしないで、しても嘘とごまかしで、国会を乗り切ることはできるでしょう。
でもね、戦場は国会とは違うんです。
命のやり取りをする場所なんです。
そのことを、どうか真剣に、真剣に考えてください。

みなさん、閣議決定で集団的自衛権を認めてもですよ、
この国の主人公は内閣と違いますよ。
国民ですよ。
みなさんですよ。
憲法をねじ曲げる権限が、たかが内閣にあるはずないじゃないですか。

安倍さんは第一回目の時、病気で辞めましたよね。
体調不良や病気という個人のアクシデントでつぶれるのが内閣ですよ。
そんなところで勝手に決めたら日本の国がガラリと変わる、そんなことできません。

これからが正念場です。
だから一緒に考えてください。
一緒に反対してください。
選挙の時は、集団的自衛権に反対している政党に投票してください。
まだまだ勝負はこれからです。
戦後69年も続いた平和を、崩されてたまるもんですか。
しっかりと考えてくださいね。
ありがとうございました。」(泥憲和さんのFace Bookより)
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戦争はいつも「秘密」から

ベルナルト・ハイティンク指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団/ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」

ハイティンク ベートーヴェン 運命

最近の安倍政権は、まさに暴走しているように思います。2013年12月6日に成立した「秘密保護法」などは、その最たる例でしょう。①「特定秘密」の無限定さ、②「知る権利」の制限、③罪刑法定主義に反する点など、国内外を問わず、大きな批判を浴びました。
石破茂自民党幹事長のデモ=テロ発言も、衝撃的でした。どうしたら、そんな考えになるのか。理解不能です。

さて、ベートーヴェン(1770~1827年)は、その後半生を、悪名高いメッテルニヒ体制のもとで過ごしました。当時のウィーンでは、テロを未然に防ぐとの名目で、反体制的な言論や出版への弾圧が厳しく行われ、正規のスパイだけで7000~1万人いたと言われています。ウィーンは、文字通りの監視社会、密告社会でした。

ベートーヴェンには、共和主義者の友人が多数おり、彼自身もヨーロッパ各国の政治情勢に詳しく、政治についても一家言あったようです。時には、スパイが近くにいるので、そんなに大声で政府の批判をしないよう、友人に窘められたこともありました。この時代の政府、警察、貴族に対する批判は、投獄と隣り合わせだったからです。

ベートーヴェンは、どんな考えの持ち主だったのか。その一端を示す書簡が残されています。
「(リヒノフスキー)侯爵よ、あなたが今あるのはたまたま生まれがそうだったからに過ぎない。私が今あるのは私自身の努力によってである。これまで侯爵は数限りなくいたし、これからももっと数多く生まれるだろうが、ベートーヴェンは私一人だけだ!」(1812年)
彼の思想は、封建社会の枠を完全に超えていたと言えるでしょう。

1820年には、当時の警視総監セドルニツキー伯爵が、ベートーヴェンを反体制的とみなし、逮捕すべきかどうか皇帝に上申しています。しかし、ヨーロッパ中に轟き渡るベートーヴェンの名声と、ルドルフ大公(皇帝の異母弟)の音楽の師であったことから、奇人変人のたわ言として処理され、事なきを得たようです。(青木やよひさんの『べートーヴェンの生涯』、218~221ページ)。

交響曲第5番「運命」。圧倒的な推進力と躍動感を内包する、説明不要の名曲ですね。ベートーヴェンの数ある傑作群の中でも、一際輝かしく、作曲者の意思の強さがよく伝わってくる作品ではないかと思います。しかし、その影には、暗鬱な社会があったことも忘れてはならないように思います。

愛聴盤は、ハイティンクとコンセルトヘボウ管弦楽団の演奏です。ACOのまろやかな響きを活かした、撫で肩のベートーヴェン。とはいえ、力感に欠けるわけでは決してありません。優美さと逞しさの見事な両立。このバランスの良さが、名匠ハイティンクの持ち味だと思います。

秘密保護法=現代の治安維持法と言われることがあります。「何を大げさな・・・」と嘲笑する方もいらっしゃるかもしれません。
「特定秘密」の範囲は、①防衛、②外交、③スパイ活動防止、④テロ防止の4分野です。デモとテロの違いさえわからない人たちが、権力の中枢を占めているという事実に、私たちはもっと危機感を持つべきなのかもしれません。

ありふれた日常の中で

68回目の「原爆の日」を迎えました。しかし、平和を願う声とは裏腹に、2013年7月21日の参院選では、前評判どおり自民党と公明党が大勝しました。国民の政治への無関心もさることながら(投票率52.61%)、これで本当に「戦争ができる国」になってしまうかもしれないと思うと、残念で仕方がありません。

自民党幹部の言動にも、戦慄を覚えます。安倍晋三首相は、選挙直前のどさくさに紛れて、憲法9条改定を明言しました。石破茂幹事長も「徴兵拒否なら最高刑(=死刑)」としか受け止めようがない発言をしています。さらに、従来の憲法解釈を変更し、集団的自衛権の行使を目指して、法制局長官のすげ替えまで行われました。

極めつけは、麻生太郎副総理のナチス発言(7月29日)でしょう。憲法改定について、「ワイマール憲法もいつの間にか変わっていた。あの手口を学んだらどうか」と述べました。思わず本音が出てしまったのかもしれませんが、冗談でも言ってはいけなかったと思います。後日、発言を撤回したものの、国際感覚のなさを露呈しました。

戦争を知らない人は、戦争に向かっていくときは街に軍歌が鳴り響き、みんなが日本の勝利をひたすら祈っているような異常な状況になると思っているらしい。でも私〔=作家の小田実さん〕の経験では、ありふれた日常の中で進行し、戦争へと突入していった。

ヒトラーだって、議会制民主主義のルールの中で平和的に政権交代したんですよ。私が今一番憂えているのはね、民主主義の理想を説いたワイマール憲法をつぶしてナチ独裁政権ができたときと同じことが、日本でも起きるんじゃないかということです。

ヒトラーは憲法改正すらしなかった。ただ『国民と国家の困窮を救う』ために憲法を一時的に『棚上げ』すると議会で決め、再軍備に乗り出した。攻撃用の兵器をつくる意図はない、もっぱら防衛用の兵器に限定し、平和の維持に資するつもりだと言ってね。反ナチの人まで『立派だ』と褒めたんだよ。でも事態はどう変わったか。

安倍さんは『美しい国』づくりのために改憲が必要だというが、なぜ必要かはきちんと説明しない。彼はなかなかの雄弁家だよ。小泉さんみたいにハッキリ言わないから、みんな、なんとなくそうかなと聞いている。どうなるかわかんないよ。」(2007年6月28日付朝日新聞夕刊)

ありふれた日常の中で進行し、戦争へと突入していった・・・。
今まさに、現在進行形なのではないでしょうか。

戦争ができる国

ベルナルト・ハイティンク指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団/ショスタコーヴィチの交響曲第5番「革命」

ハイティンク ショスタコーヴィチ 交響曲5番

2013年7月7日。参議院選挙を目前にして、安倍晋三首相はNHKのテレビ番組で、憲法96条を見直し、改憲手続を緩和することに改めて意欲を示しました。
自民党は、ずっと「戦争ができる国」を目指すと公言してきました。改憲勢力が大勝すれば、次は憲法9条がターゲットでしょう。日本は正念場を迎えていると言っても過言ではないと思うのですが、大手マスコミの安倍政権への迎合ぶりには大変な危うさを感じます。

戦後生まれが総人口の4分の3を超えた今、戦争をリアルなものとして捉えられる人は少ないのではないでしょうか。「戦争ができる国」とは、一体どんな国なのか。
私たちが意識しさえすれば、かつての戦争の痕跡や貴重な証言が至るところに散らばっているように思います。例えば、1970年12月29日の朝日新聞には、こんな戦争体験が掲載されているそうです(杉原泰雄さんの『憲法読本』66~68ページ)。

「二五年目の夏
三月十日の〔東京〕大空襲から三日目か、四日目であったか、私の脳裏に、鮮明に残っている一つの情景がある。
永代橋から深川木場方面の死体取り片付けに従事していた私たちは、無数と思われる程の遺体に慣れて、一遺体ごとに手を合わせるものの、初めに感じた異臭にも、焼けただれた皮膚の無残さにも、さして驚くこともなくなっていた。

午後も夕方近く、路地と見られるところで発見した遺体の異様な姿態に不審を覚えた。頭髪が焼けこげ、着物が焼けて火傷の皮膚があらわなことは、いずれとも変りはなかったが、倒壊物の下敷きになった方のほかは、うつぶせか、横かがみ、あるいは仰向けがすべてであったのに、その遺体のみは地面に顔をつけてうずくまっていた。着衣から女性と見わけられたが、なぜ、こうした形で死んだのか。

その人は、赤ちゃんを抱えていた。さらにその下には大きな穴が掘られていた。母と思われる人の十本の指には、血と泥がこびりつき、つめは一つもなかった。どこからか来て、もはや、と覚悟して、指で、堅い地面を掘り、赤ちゃんを入れ、その上におおいかぶさって、火を防ぎ、わが子の命を守ろうとしたのであろう。

赤ちゃんの着物は少しも焼けていなかった。小さなかわいいきれいな両手が母の乳房の一つをつかんでいた。だが、煙のためか、その赤ちゃんも、すでに息をしていなかった。

私の周囲には十人あまりの友人がいたが、だれも無言であった。どの顔も涙で汚れゆがんでいた。一人が、そっとその場をはなれ、地面にはう破裂した水道管からチョロチョロこぼれるような水で手ぬぐいをぬらしてきて、母親の黒ずんだ顔を丁寧にふいた。

若い顔がそこに現れた。ひどい火傷を負いながらも、息もできない煙にまかれながらも、苦痛の表情は見られなかった。これは、いったいなぜだろう。美しい顔であった。人間の愛を表現する顔であったのか。

だれかがいった。
『花があったらなあ-』
あたりは、はるか彼方まで、焼け野原が続いていた。私たちは、数え十九歳の学徒兵であった。」

ショスタコーヴィチ(1906~1975年)は生前、ソ連の御用作曲家とみなされていました。しかし、没後に『証言』本が出てからは、スターリン独裁体制のもとで、自由な作曲活動を制限された悲劇の天才という見方が定着しているようです。(ただし、この本は偽書であるとの疑いが絶えません。)

交響曲第5番「革命」は、ベートーヴェン風の「苦悩から歓喜へ」という古典的なテーマにならって、最後は軍隊の行進曲のごとく勇壮に終わります。
しかし、あれは「強制された歓喜」なのだそうです。確かに、第4楽章には、軍靴の音が次第に近づいてきて、穏やかな生活が惨めに踏みにじられていくような息苦しさを感じる箇所が頻出します。そのため、個人的には、そう何度も聴ける曲ではありません。

同曲には、まるで「戦争ができる国」を疑似体験させられるかのような、背筋の凍てつく演奏があります(例えば、インバルとフランクフルト響盤など)。ショスタコーヴィチの生涯を考えれば、そうした解釈がふさわしいのかもしれませんが、あまりにも悲痛過ぎて、普段はもっと大人しいハイティンク盤に手が伸びます。当時のアムステルダム・コンセルトヘボウの、ビロードのような響きも最高です。

先日、米中央情報局(CIA)の元職員によって、米国家安全保障局(NSA)が、多くの国の市民の電話やインターネット通信を盗聴していたことが告発されました。さらに、日本を含む38か国の在米公館や、ブリュッセルにある欧州連合(EU)本部をも盗聴していたことがわかりました(2013年6月30日の英紙ガーディアン)。
私たちは、未だに監視社会のなかで生活しているのだという事実に、愕然とする他ありません。

「戦争の前は憤怒なり、戦争の中は悲惨なり、戦争の後は滑稽なり」(長谷川如是閑)。もし憲法96条、そして9条が変わっても、大したことにならないと思っている人がいるのであれば、ぜひとも自民党の憲法改正草案(2012年4月27日発表)に目を通してもらいたいです。すぐ傍まで、軍靴の音が近づいていることがわかると思います。

人生最高の瞬間

ピエール・モントゥー指揮 ウィーン・フィル/ハイドンの交響曲第94番「驚愕」、交響曲第101番「時計」

モントゥー ハイドン 交響曲101番

2013年5月13日。大阪市の橋下徹市長が、従軍慰安婦制度について「必要なのは誰だって分かる」、アメリカ軍司令官に向けて「もっと風俗業を活用してほしい」などと発言し、波紋を呼んでいます。石原慎太郎共同代表(日本維新の会)も、「軍と売春はつきもの」と橋下氏を擁護しましたが・・・。
アメリカ国防総省の報道官のコメントは一言。「ばかげている」でした。妄言と批判されても仕方がないと思います。

従軍慰安婦=売春などではなく、集団レイプだったというのが世界の共通認識です。きちんと歴史に向き合わなければ、いずれ、どの国からも相手にされなくなってしまうのではないでしょうか。残念ながら、その兆候はすでに現れているように思います(韓国政府の「日本外し」外交など)。

ウィーン・フィルの顔だったワルター・バリリは、ソ連軍とナチス軍によるウィーン攻防戦(1945年4月2日~13日)下の生活を日記に綴っています。どれもショッキングな内容ですが、そのなかでも、未婚の団員がソ連兵に「妻を差し出せ」と自動小銃を突きつけられ、あわや殺害されそうになる場面などは戦慄を覚えます。バリリの日記は、戦争の悲惨な日常を伝えています(野村三郎さんの『ウィーン・フィルハーモニー-その栄光と激動の日々-』、207ページ)。

ソ連軍の進駐後には、ウィーン・フィルの誇りともいうべき楽友協会の「黄金の間」が、軍の馬房として使用されるという屈辱も味わったようです。「私の人生の最高の瞬間は戦争が終わり、ああ、これで音楽ができると思った時でした」(同上、209ページ)。戦禍をくぐり抜けた者の言葉として、その重みはいつまでも変わらないでしょう。

戦前、ナチスによって追放されたウィーン・フィルの団員は21名。戦後、ナチスだったという理由で解雇、あるいは年金生活に入った団員が15名。ウィーン・フィルは、第二次世界大戦を挟んで計36人もの団員を失い、その後約20年間、音楽的空白を埋めるのに苦しんだそうです(同上、218~219ページ)。
名匠ピエール・モントゥーとのハイドンは、苦難の時代の1枚ということになるでしょうか(1959年録音)。夢見るように美しいハイドンからは想像もつきません。

2000年5月7日。ウィーン・フィルは自費で、マウトハウゼン強制収容所跡において、ナチスによる犠牲者のために追悼演奏会を行いました。しかし、この催しにオーストリアの閣僚は1人も招待されませんでした。当時は、ナチス政策さえ賛美しかねないハイダーの党の連立内閣が成立し、EU諸国から批判を受けていました(同上、219~220ページ)。「時計」の針を戻してはならない。ウィーン・フィル団員たちの、強い意思が感じられるようです。

(追記1/2013年5月21日)
2013年5月17日。西村真悟衆院議員(日本維新の会)が、党の代議士会で「日本には韓国人の売春婦がうようよいる」と発言しました。また、自身のブログでも「韓国は、慰安婦を輸出しているのかと思うほどだ。東京、大阪の繁華街を夜歩いたら分かる。豊かになった韓国においても慰安婦を輸出してくる。貧しかったころはどれだけ輸出していたのか」と持論を展開しました。

かつてドイツのヴァイツゼッカー大統領が述べたとおり、過去に目を閉ざす者は現在にも盲目であり、おそらく未来を見誤るでしょう。村山談話、河野談話を疑問視する安倍晋三首相や、高市早苗政調会長(自民党)なども同じ穴のムジナかもしれません。ご自身たちの言動が、国際社会の日本に対する信用を著しく貶めているということに、なぜ気づかないのか。本当に「ばかげている」と思います。

(追記2/2013年5月24日)
2013年5月20日。韓国の中央日報が、広島・長崎への原爆投下を「神の懲罰」とする記事を掲載しました。
広島市の松井一実市長は「読むに耐えない」、「被爆者は悲惨な体験から、非人道的な核兵器をなくそうとしており、韓国の多くの国民も同じ思いのはず。日韓両国民の気持ちを傷つけるのをやめてほしい」と述べました。

長崎市の田上冨久市長も、「広島・長崎だけでなく、韓国にもいる被爆者や、核兵器をなくそうと努力している人を傷つけるものだ」と批判し、「核兵器はどういう状況であれば使っていい、報復なら使っていいというものではない」と強調しました。安倍首相や橋下氏の言動から始まった負の連鎖は、いつまで続くのでしょうか。

2011年3月11日の東日本大震災の際、当時、東京都知事だった石原慎太郎氏が「大震災は天罰」、「津波で我欲を洗い流せ」と発言し、ひんしゅくを買いました。中央日報の記事も、それに匹敵するくらい愚かだと思います。私は、今回の記事が、韓国の一般的な考えだとは思っていません。日韓の良識を信じたいと思います。

(追記3/2013年6月2日)
2013年5月31日。国連の拷問禁止委員会は、日本政府に対して①「政府や公人による事実の否定、被害者を傷つけようとする試みに反対する」よう勧告をまとめました。
また、②「慰安婦問題の法的責任を認め、(法律を犯した者を)適切に処罰する」ことも求めています。

さらに、同委員会は記者会見で、③「歴史教科書に慰安婦問題の記述がほとんどないことを強く懸念している」と述べました。
アジア諸国との信頼回復のために、日本はどうすべきか。答えは、わかりきっているはずです。自民党によるアジア不在の戦後処理。そのツケが回ってきているような気がします。
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